空間

好きなように話させてよ

虎者に思うこと

 

先日、新橋演舞場で『虎者』見てきた。内容に対する感想は細いのに、思うことはたくさんあって、なんか、悔しいな、と思いつつ、言葉は残しておこうかな、と。

 

生きているまつくらくんを観るのは、本当に数年ぶりだった。毎年のSHOCKもなくなり、それはそれで受け入れられているんだけど、やっぱりあれはわたしがまつくらくんを満足に観に行くことのできる、つながっていられる唯一の紐だったし、おかげでこんなに時間が空いてしまったわけで。でも、やっぱり生の舞台で踊っているまつくらくんの四肢は、本当に豊かで鮮やかで勢いがあって、観るに値する芸術だった。映像の箱で見るまつくらくんとはやっぱりずいぶん違うよな。「視線の運び」が違うと思う。

 

まつくらくんが得意なことは、「空間をつくる」ことだと改めて思った。踊ったときに舞台の深さが生まれ、二階席の奥に視線を運ぶ癖は、客席の深さをつくってくれる。167cmの身体から生まれる、無限遠の空間を纏うチカラがまつくらくんには備わっていて、それは劇場で共に存在することでしか実感できないね。

 

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だけどね、演出も脚本も構成も虚無で、わたしは作品を作品として評価することはまったくできないな、と感じたことも本当。それだけならそのまま忘れてしまうこともできたはずだけど、随分と雑誌での言葉が尾を引いて、なんか、普通の感情とは違う感情が湧いてきてしまって止められない。

 

演者の顔や仕草や日替わりの髪型とかじゃなくて、作品を観ろ、というのなら、もう少し評価のできる作品を作ってきてから言ってよ、と思ってしまう。言葉は悪いけど。もちろん雑誌にはライターのフィルターがかかっていて本意ではない、という点も考慮したとて、そういうこととは別次元で「ちゃんと作品の中身をつくってくれ」と大声で言いたくて仕方がない。まじでストーリーを作れる脚本家を呼んできてくれ。。。

 

この「サーブされた料理をおいしいと思えないのはわたしの舌のせいなのか?」と思わされる感じ、わたしがわたしで思うならいいけど、押し付けられると話はだいぶ変わってくる。もちろんわたしの舌のせいの場合もあるだろうけど、「虎者」に関して言えばサーブの仕方の問題だ、と言いたくなる。相性合わないお客はお断りならさっさと退席するけれど、でももっと、もうちょっとどうにかなるはずなのだ。作り手の時間と情熱の問題にすり替えないでくれ。どんなに時間をかけてどんなに情熱をもってまずい料理をサーブするシェフより、時短でコスパのいいおいしい料理をサーブするシェフのほうがいいのは目に見えているのだよ。

 

文句ばかり言っても仕方がないので、どうしたら改善できるかも考えた。ソロライブも単独ライブも舞台中のショータイムもほんとうに上手に構成できるんだから、もうちょっと改善できるはずなのだ。

 

①7こイチの演出をやめ、それぞれに名前とキャラを与えてキャラ立ちさせる

今回の演出では、本当に7人が7つ子のようにして群れているシーンが多かった。7人の絆を見せたいのだろうな、とは思ったのだけど、7人が7人でいるだけで、名前もなく、それぞれの特徴も際立たない。かろうじてノエルがバク転できるキャラなんだな、くらいのものなのだ。ジャニーズ舞台あるあるのように、カタカナの本名を当てるだけでもよかった。ピュアなカイト、ちょっとユーモアのあるシズヤ、まとめ役のノエル、とかでもいいから、彼らの生い立ちや背景が見えるセリフなどを加えるべきだ。

 

②7人を平等に扱わない

正直言うと、全員が平等に出演する必要はないと思う。例えばABC座でジャニーズ伝説を描くときのように、4人がチームで1人はまったく別の組織の役、とかでもいい。メリハリをつけてほしい。

 

③対立構図を作ってもいいのでは

さらに言うと、ウェストサイドストーリーやSHOCK、少年たちのように、チーム分けないしは仲間割れして戦うシーンがあってもいいと思った。ずっと仲良しこよしより、敵対して和解するほうが、仲の良さは際立つ。それに、アンサンブルと殺陣をやるより、3 VS 4で殺陣ができるほうが、見せ場が増える。

もしくはスノストでやってきたように、トラジャにもライバル的に張り合えるキャストがいるといいのかもな。Aぇとかどうでしょうか。

 

④殺陣のシーンにも強弱を

めちゃくちゃ戦闘シーンは多かったが、悪役に蹴散らされては戻ってきて戦い、蹴散らされては戻ってきて戦い、の繰り返しで平坦だった。ずっと戦ってるなー(棒読み)みたいな感じ。だったら一度目はめちゃくちゃ歯が立たず、鍛錬を積んで戻ってきて、二度目は圧倒的な強さで、かなりの接戦にもっていくことができて盛り上がる、とかにしたほうがいい。ずっと戦闘シーンを見ていると、この人たちはなんにために戦っているのか分からなくなって、せっかくの盛り上がるシーンのわりに、ぼおっと見れてしまう。

 

⑤なんなら悪役の佐藤新くんが主役級によかったので、主役にして話つくったら面白そう

この舞台で唯一キャラが立っていたのが、悪役の女性とその子分の新くんだった。(かげたくもよかったよ。)二人の関係性の歪みが上手に描かれていたし、新くん自身もぱっと目の引く容姿と演技で、キャラクターがあった。

悪役がよく描かれていると物語に厚みが出るのはもちろんなのだけど、実は悪役が主役のジャニーズ舞台はいままでなかったので、ここらで逆転させてみてもいいんじゃないだろうか。

 

⑥トランポリン廃止

トランポリン、コスパ悪くないですか?怪我のリスクが高い割に見栄えが弱いな、と感じた。技の習得は大変だし、見せ場でしょうが、怪我しないだろうかとハラハラしながら見守る様子はさながら学芸会のようで、しかも結構な長尺見せてくるので時間の使い方としてはもったいなかったな、という印象。ドリボは壁フラ、サマリーならサーフラ、SHOCKなら階段落ちと各種フライング・マジック、歌舞伎は腹筋太鼓......となにかしらワイドショーで取り上げやすいネタが必要なのは重々承知ですが、トランポリンは技のあれこれを見せることありきで、かなり話の流れをぶった切っているというか、トランポリンのために脚本を書いているというか、かなり本末転倒感。

ほんとうに怪我してほしくないので、もう少し安全が担保できる壁フラやフライング、なんなら空中ブランコとかに切り替えたほうが、安心してショーとしてみることができる。とにかく怪我しないで。

 

⑦ショータイムでの全員集合を演劇に組み込めないのか

最後に一点言うとすると、ショータイムの後半で、アンサンブル含めたオールキャストで、ちょっとした演劇のその後、みたいなのを歌って踊ってするシーンがあったのですが、それ、本編のなかでできませんか?そういうのが欲しいんですけど?とびっくり仰天してしまった。せっかくトラジャはダンスが売りなので、感情表現や物語の運びは、トランポリンではなくダンスに置き換えるべき。

 

以上7点、ひとまず素人からのアイデアです。

 

こういうことを彼らが求めているとはまったく思わないけど、でも、「作品を見てくれ」と言うのであればもう少し自分たちの関わっている作品が「本当はどういうものなのか」を客観視していってほしいとも思う。せめて「見るに堪えるものを作ってくれ」と願ってしまう。

 

けどこれもまあ一観客の寝言みたいなものだから無視してくれてかまわないよ、と言ってしまうと、そのぶんお互いに聞き入れることはないよ、という分断を生んでいるような気持にもなり、ちょっと悲しいけど、世界とはそういうものなのかもしれない。

 

 

「これにチケ代」とか言いたくないけど、ショータイムでやったジャジーなハピグルは本当によかったんだよ。ジャジーな雰囲気縛りでディナーショーやったり、コンセプトのあるライブをやったら、どんなに素敵だろう、と思った。OPでちゃか・まつくらくん・げんたの三人で踊った曲も、すごく三人の良さを引き出していてまた見たいと思える演出だったよ。プレイゾーンみたいに、ひたすら踊りを見せてくれたらどんなに彼らの強みを引き出してくれるだろう、と思った。もしかしたら今は踊りという強みのほかに、芝居という強みを増やしたいのかな、とも思った。それぞれの役の深さが描かれる作品に出演できれば、きっと彼らはいい芝居をするだろうな、とも思える。

 

希望があるから文句を言ってしまうのだろうか。期待することはよくないことなのだろうか。静かに受け入れるべきなのだろうか。

 

*1:(ちなみに、ほかにもまつくらくんの得意なことはたくさんあるんだな、と新しく発見できたのはソロコンでもあり。すごくいい意味で、顧客の想像を裏切って、かつ求められているものを満たして応えることができる人なんだな、ということだった。だけど、自分のやりたいことを殺さないでバランス取れる。ギターも弾くし、重めのメッセージを込めた曲もやるし、でも、踊りも捨てず、笑いも捨てず、わたしたちの見たいブロードウェイやジャジーで洒落た世界観も見せてくれて、そのバランス感覚とセンスに大感動した)