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空間

好きなように話させてよ

覚悟はどこで買えるの

IDOL

 

アイドルとは、覚悟なのだよ、と何万回でも思う。

 

 

わたしが「覚悟」という言葉を好んで使うのはご存知の通り加藤大先生の選んだ言葉だからでもあるんだけれど、もう、ほんと、この世の人類をアイドルかアイドルでないかに二分しろって言われたらギリギリ使える指標は「覚悟」に違いないってなんとなく思ってる。(ギリギリって言うのは、基本的にアイドルはグラデーションなのでは、万人アイドルになれるのでは、って思っているから。職業アイドルはまた別ですが。)

 
 
木村拓哉さんが熊本で炊き出しをして、ちびっ子の「きむらさ〜〜ん!だいしゅき〜〜〜〜」に投げチューを返したことが最近の話題だけど、これって超すごいことなんだよな。ああ、この人は木村拓哉というアイドルを何十年も生きてきたんだなと思うわけです。
 
 
わたしはアイドルになる覚悟をして生きてきたことがないので、できない。例えば、男友達に、わたしがポニーテールにしていると必ず褒めてくれる人がいるんだけど、してないと「え〜〜ポニーテールにしてやぁ」って言ってくるんだけど、わたしはそういうことを普通に受け入れられない。わたしはあなたに褒めてほしくてこの髪型にしているわけじゃないし、あなたに見せるためにこうしているわけじゃないって思う。わたしは、あなたに、そういう風に消費されたくない、って思う。自意識過剰と言われればそれまでなんだけど。
 
 
でも、アイドルはそういうことを、しかも、1人じゃない何千何万という人々の欲求を受け止め、満たすくらいのことができる。どんな視線も拒むことなく、どんな言葉も遮ることができない。たくさんたくさん消費されている。毎日毎日消費されている。アイドルという顔、身体、声は商品になり、次第に目には見えない、付きまとうイメージまでもが商品になる。時にはもっと売れるように、とアイドルはアイドルを加工するかもしれない。
 
 
こうして書くと、本当に自己犠牲の職業みたいだけど、うーーーんそうじゃなくて。いろんな選択肢の中から、この世界に留まり続けることを選んでいるのはきっと「覚悟」のお陰だ。普通の人が犠牲にしないものを売り払って、簡単には手にできないものを得たい、と選んだ道なのではないかなと思う。(ファンのエゴ消えてないけど。)
 
 
どうしたって「わたしの見たいものを見せてよ」と突きつけてしまいがちだけれどきっとアイドル側にも「自分のやりたいこと」がある。そのズレがひびになってステップアウトしてきた人たちもたくさんいるんだろうと思う。今、まだこうして、「やりたいこと」を擦り合わせて「見たいものを見せてくれる」人たちがたくさんいることはほとんど奇跡のような気さえする。あー、いつもごめんね、いつもありがとう、と思いながら全然アイドルを消費することがやめられなくて、本当にごめん。ありがとう。
 
 
 
 
 
 
そういえば、これを書き終えてから朝井リョウの『武道館』読み終えた。(10ページ読んで、ずっとほったらかしてあった。)はあ、アイドルってなんなんだろうな。

 

武道館

武道館