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空間

好きなように話させてよ

時の旅人はかえってこない/JW覚書

IDOL STAGE Jr.

千秋楽からだいぶ経つんですけど、考察でもなんでもないんですけど、なんとなく思ったことをここに書き残しておく。光と影の二部構成です(予定)(どうなるかは知らん)。



<光編>

結局、2015年に1回、2016年に2回(マチソワ)も観れた舞台だったんですけど、当初はまつくらくんもいないのに3回も、とか思いつつ、終わってみれば3回観れて本当によかったなという感じでした。満足だし、後悔はない。それから、初演、トニワと観てきて(去年のは観ていない)今回がもしかしたら一番楽しかったのでは、と純粋に思う。つまり頭おかしい度増してるってことなのかもしれないけど。


よかったのは、メンバー総入れ替えで賛否はありつつもこれがジャニワの真骨頂だなと思わざるを得ないようなフレッシュな感じがしたこと。新しい顔が揃うのは久しぶりだったので、なぜか闘志湧いた。HiHiもClassmateJも網羅したよ。天才Gはへたくそなパンダ描いていたころから見ていたので、本当に大きくなったし、踊りも上手くなっていて感心しきり。
個人的に言うと、2列目ドセンで観る機会があったこともよかった。この席は観るものの選択肢を与えられないので、観たいものを観れないというはじめての経験をしました。ジャニワとは観たいものの選択の連続だと思っていたから、いつも奥の方だったり上手や下手だったり、双眼鏡でトリミングして自分の舞台を編集していたけれど、寄りのジャニワは寄りのジャニワですごいっすよ。けんしょりをこんなにまじまじと観たのはいつぶりだろう、と思うし、その一方で普段見ていたけんしょりフライングは一切見えないという。しかし接近戦のアイドルは美でした。めっちゃたのしかったです。



<影編>

早々に影編に突入しますが、このおかしい度が増していく感じはつまり、何かの終わりなのではないかなと思ってしまったんです。で、すっごいさみしかったんだよね。あちらこちらから覗いて見える身支度にも近い「何か」にわたしは怯えている。さみしい、って思う。好きな世界の扉がもしかしたら閉じてしまうかもしれない、それが、こわくて。

今まで、演出家として、もう、振り回すかのように会期中に改変を続けていたことで有名だったけれど、今年は全然それがなかった。かろうじてショータイムのクリスマスメドレーがはつうたになったくらいで、そんなん季節モノだろ!っていう。前日だったか当日に変更があったらしいけれど、あの賛否を呼んでいた「初日と千秋楽が別物」事件はなかった。ああ、これはもう完成形に近づいたのだなと。毎日手を加えて完成を急いできた作品だったけれど、今年は演出も誰かの手に託して、静かに見守っていたのかなと。これが最後の形であるということをゆっくり確認するかのようだな、とさえ思えた。


自身が投影されていると解釈して然るべきプロデューサーも、けんしょりの二人に舞台を継承して、もう自分がいなくてもやっていけるだろ、と言う。「狂気の人は真実の人だから」と自分の功績だけ整えて(たぶんじいじは狂気の人でしかないと思われたままなのがいやだったのだ)、もう帰らなくていいように、伝えるべきことはきちんと伝えて。毎年こういう演出だったかは定かじゃないんだけれど、今年のプロデューサーは本当に印象的だった。「継承」を語る演出がすごく妙だった。



宇宙はあの世で地球はこの世です。はあ。





以下、キーっぽかったセリフ。


「真実は狂気の中にあります 狂気の人は真実の人です」
「きらいなのか?悲劇が。人間の素晴らしさは悲劇の中にある」
「あなたは人を愛したことがないのか。俺は愛した証を残したい、永遠に。生きている限りしあわせを求めなくては。しあわせはどこにあるんだよプロデューサー!」
「どうしてあなたは悲劇ばかりをショーにするんですか?」
「この世界には悲劇の方が多いからだ」
「この世は悲劇ばかりじゃありません」
「悲劇に向き合ってはじめて人間の強さややさしさを知ることができる。そこから目を背けては駄目だ」
「悲劇を受け入れる…それがあなたの目的なんですね」
「狂気の人と呼ばれるのは、それはすべてを見なければ気が済まないからだ。愛と優しさ、残酷さをしっかりわからないと」
「未来を感じられなければ今はない」
「ショーは平和の象徴か。」
「人間の作り出す光と影のすべて」
「未来とは、ユートピアなんだ」


結局この舞台のキーワードは真実・狂気・悲劇・人間・愛・平和・光・影・過去・現在・未来なんだと思う。わたし自身は「真実」をどう解くかをけっこう悩んだんだけれど、戸塚くんがパンフで語った「ステージこそが真実」ががかなり本質を突いている気がした。「ステージは狂気の中にあります 狂気の人はステージの人です」で解ける。人からは狂気だと後ろ指をさされるけれど、たぶんそれはこの世の悲劇のすべてを投影しようとする、すなわちそこから見える人間の強さややさしさを見せたいと願う、ステージの作り方が正しいものであった、自分が人生をかけてやってきたことは正しかったのだと。たぶんそう言いたい。「狂気」的に舞台をつくる姿勢は、実は人間というものに愛を持った人でなければできないだろうと、思うのです。ショーに、ショーに立つ人間に、そうでなくとも人間すべてに、可能性があると信じ続けられた彼は、わたしは愛の人だと思います。


もうあと何年続くかわからない舞台。行ったことないけど行きたいなって思った人はすぐに行くべき。もしかしたら何十年と作品は残っていくかもしれないけれど、本当の意味でJohnny's Worldと言えるJohnnys' World*1はもう限りがある。もうほとんど終わりかけているのかもしれない。実際彼はかなり手放していると思うし、そういう音がする。


来年も、観られるといいのだけれど。

*1:舞台のタイトルが「ジャニーの世界」ではなくて「ジャニー一家の世界」であるのは妙だよね