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好きなように話させてよ

10000字を読みました #2 「意外と世界は、おまえに優しいよ」

NEWS sg

ごぶさたしております。
久しぶりに時間をこじ開けて文章を書こうと試みています。
題材は加藤シゲアキのMyojo10000字インタビュー。タイトルは#2とつけましたが、小山さんの10000字に対して実は記事を書いていてそれに#1とつけたので今回は#2にしました。小山さんのはまだ公開できる状態じゃないというか、しちゃいけないんじゃないかという葛藤とかもろもろあってまだインターネットには出してはいないので、なんだか不自然な感じですがすみません(笑)


それでは本題。

6人時代について

ふたりを止めたかったけど、でも半分くらいは、"やめるならやめればいい。4人のほうがいいよ"って思いもあったんですけどね。

 シゲアキがそう思っているだけだから、これが4人の総意であるとは限らないんだけど、今のNEWSってよくも悪くも未だにこういう感覚なんだろうなあと。Whiteツアーを通してすごく思った。

 わたしがコンサート(特になにより東京ドーム)を見て思ったのは、4人で立っている、これからは4人で歩いていく決意は十分で、すでにそうできているのに、それでも2人の影を舞台の上にばらまいている、ということだった。必ずしもそうする必要はないし、そうしない選択肢もあるのに、そうなっているのは結局彼らが*1そうしたいからしている気がする。ロメオを歌う選択も、さくらガールをセンステで歌う選択も、ふとした仕草も、そうしたくてしている。そのほかの演出でどれだけ「4」を描き出しても、ふとした瞬間に「6」を思い出させようとしてくる。私たちに思い出させようとしているのか、自分たち自身に思い出させようとしているのか。わからないし、その演出の意図も語られることはないだろうけれど、コンサートの打ち合わせをすると必ず過るであろう過去がそうさせているのかもしれない。絶対名前出てくるもんね、私たちが見ている以上に彼らは遺物を眺めながら新しいものを構築していかなければならないんだから。

今、"4人になってNEWSよくなったね"とか"個々のキャラが目立つようになったね"とか言っていただけるんです。でも、それを6人でもできたと思うんです。結果論かもしれないけど。今がいいから、あれが最善だったとは僕はいまだに思えなくて。もちろんもう6人に戻ることはない。でも、あのとき。ギクシャクしてでも乗り越えていたら、最強だったのかなって。なんか、思うんですよね。

 ファンもファンで見てきた過去が100通りだから今のNEWSの見方が100通りあって当然だと思うんだけど、私にとってのはじめてのNEWSはLIVE! LIVE! LIVE!の東京ドームで、そのとき私は「6人の曲をもっと増やしたいから今回はソロ曲をアルバムに入れませんでした」という山下くんの言葉を盲信していた。だから、6人のことはなかなか忘れられなくて、それはここに引用したシゲアキの言葉にものすごく近い感覚だと思う。もちろん今が好きで、こうしてまたNEWSの曲が聴けていることやよりわちゃわちゃギュッとしたNEWSが見れていることは本当に大事だけれど、あのとき見ていた未来にも可能性はあったかもしれないとずっと思っている。ずっとずっと思っている。6人を見てワクワクしてドキドキして好きになったから、そこにときめきは絶対存在したし、それが嘘だと言われるのはいやだ。

 つまりまあ、4人になってからのファンや6人に未練がないファンもたくさんいるであろう中で、わりと私は未練がましいファンなのだ。6人のことなんて忘れてよと思いながら6人であったことを一生忘れないでいて欲しいとも思っている。今が一番だとずっと思っていて欲しいけれど、過去を嫌うことはして欲しくないと思っている。結論なんてないんだよね、たぶんずっとこうして応援していくんだと思います。めんどうくさいけど。

なんか僕がいちばん未練がましいんです。やっぱ、いちばん引きずってます

僕、これからも抱えていこうと思ってる想いがホント多いんですけど、あの日、ステージから見えた景色、入れ墨じゃないけど、体の中に刻んでおこうって

僕、あえて、引きずってるんすよ、忘れようと思ったら忘れられる。ふつうに仲よく接することもできると思う。でも、あの日のこと、あの日思ったこと、俺がもっとしっかりしてたらって思ったこと忘れちゃダメだって

 シゲアキがどうしようもなくめんどうくさいのと同時に、私もどうしようもなくめんどうくさい。これからも「フルスイングはもうコンサートで歌うと湿っぽくなるからやめて」と思いながらも「毎年フルスイングを歌いながら十字架背負ってよ」と思い続けるのかもしれないんだから。でもめんどうくささを愛していくしかないんですよね。4人のことがたまらなく大好きなことと6人のことを最初に好きになったことは同じ定規では測れない。比べられない。どちらも大事だ。

 (フルスイングについて:でもこれって前者はてごちゃんに対する要求で後者はシゲアキに対する要求なのかもしれないって最近少し思い始めた。グループへの要求ではないのかも。最年少の二人がNEWSというグループの対角をキュッと引っ張っていてくれるような気がする。)

 この文章を読んで、改めてシゲアキという人物を噛みしめたら、いろんなことも受け入れられるような気がしてしまった。いいよ、もう、そのままでいい。

作家業について

 シゲアキは4人の中で一番変わったってみんな思っているだろうけど、それって彼だけ二つの変化を抱えているからなんですよね。メンバーの脱退、作家業の開始。シゲちゃんの顔つきを見るだけで、どれだけ本を書く仕事が彼にとって大切だったか分かる。人生変えたなあと思う。

 これを経て私は彼が「何事も面白がれる人」になったなと思っていて、ラジオで楽しそうに趣味を話す瞬間も然り、いろんな人と付き合い始めたことも然り。「あっ、はじめまして旅」でアレクと原宿で楽しそうにしているシゲアキがしっくりきてしまったのもそういうことだと思う。柔軟に生きることがシゲアキらしいというか、すごくナチュラルに見えた。作家業様様です。

 そんななかで、私が気に入っている10000字からの引用を二つ。

 ひとつめ。

『ピンクとグレー』が本になったとき、映画化が決まったとき、手越がいちばんよろこんでくれたんだよね。"シゲはすごい!"って。

 泣くに決まってるよね。

 たぶんだけど、いちばん側にいた小山くんはその努力とか積み重ねてきたものをよく見ていて、その先にあった書籍化・映画化だから驚きよりも当然の評価のように感じていたのかもしれない。でも、てごちゃんはあんまりそういうもの見ていなくて形になったモノしか見れないから、すごく驚いたんだろうな。そして、作家が近くで生まれるなんてことは彼は考えもしなかったのかもしれない(笑)
でもそうやって純粋にいちばんによろこんだり、それを「いちばんによろこんでくれたのは手越」とシゲが感じたり、そういうことがわたしはうれしいです......(ただのテゴシゲ厨)ずっと「シゲは男前」「手越はかわいいよね」「シゲすごい!」「手越の顔がすごく整ってる」「梅干しをいちばん手越が食べてくれる」「飛行機の隣の席で『Burn.』読んでて」「読み終わったよ!面白かった!」とかそういう関係でいて欲しい。

 テゴシゲ厨がすぎるのでここらへんで話を戻します。

 ふたつめ。

(別のペンネームを使うことに関して)
それだと意味ないんです。全然、意味がない。もちろん作品に自信も愛情もありますけど、正当な評価なんかよりも"NEWSの中に、こんなヤツがいる"って、NEWSに興味を持ってもらうことのほうが大事だから。本をきっかけにNEWSを、小山を、手越を、まっすーを知ってもらえることの方が大切だから。それこそグループであることの意味だと思う。

 これに関してはずっとぶれていないのがいいなって思っている。名前をカタカナにしたときから変わらず貫き通してくれている。もちろん、作家として「賞が欲しい」とか具体的な目標もあるんだけれど、その作家業の成功の全てがNEWSというグループの活動に端を発していて、NEWSというグループの活動に終着させたいと大きな声で言ってくれていることがうれしい。

 

さいごに

 シゲアキはNEWSに絶対に必要な人である。本当に必要。メンバーの三人が彼ららしく何かをするために、加藤シゲアキという人は何かを背負ってくれる。それは決して悪い意味ではないし、いつも引き立て役であるという意味でもない。シゲアキがいるから6人時代を忘れずに、でも縛られずに、やっていけると思う。みんなが笑っていられると思う。もう全然気の利いた言葉が見つからないけれど、私は加藤シゲアキが好きで加藤シゲアキのいるNEWSが好き、それだけ。それに尽きました。

 タイトルに引用した「意外と世界は、おまえに優しいよ」は加藤シゲアキが自分のジュニア時代に向けてかけたい言葉。もがき苦しんでいる同じような少年たちと加藤シゲアキ自身、それから私に宛てて。

*1:彼らがっていうかシゲアキ、シゲ発案に3人がGOを出している気がする