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好きなように話させてよ

「閃光スクランブル」

 

再読しました。

 

発売の数日前、既に入荷している書店もあると聞いた私はむだに胸を高鳴らせていました。過去ふり返ってみても本を入荷日に喜び勇んで買いに行くなんてことはなかったです。一アイドルが作家としてデビューすることがなければきっとこれから先もなかったのでしょう。不思議な人生ですよね。

(以後ネタバレありますので回避お願いいたします。)

 

それはさておき、購入した日にあっという間に一回目を読み終えました。

著者の言うとおり前作「ピンクとグレー」よりも読みやすくなっていました。私は前作のような時系列を崩してわざと緩急をつけた作品もすきで、読みにくいとは思わなかったので甲乙つけがたいのですが、そういう複雑な技巧をなくしたという点で「読みやすく」なっているとは思いました。

前半部分、どうしても私にはアイドル・加藤シゲアキの影がちらついて見える瞬間があり、余計なことまで深読みしたりもしてしまいました。わざわざ「吉本とジャニーズ」というワードを滑り込ませている辺りとかが加藤シゲアキの策略のように見えてその真意にドキドキしたり、自身がアイドルでありながらアイドルを肯定しない主人公の姿だったり。どこか意地悪でひねくれていて、彼の言葉を借りるなら「ロック」*1なのかもしれません。そうやって透かして読んでしまう自分はきっと著者の本意ではないだろうと思って少し嫌悪もしましたが、ラジオにて「そう読まれると思ったからそういう風に書いた」旨の発言をされていたので驚きました。ああ、自分はその考えにまんまとはまって読んだんだ、と思いました。

もちろん、作家は知らないことは書けないわけで、つまりどんなにフィクションとはいえどこの279ページ分の紙に書いてあることは彼の知っていることなので、その人となりも透けて見えてきたりするものですが、アイドルという自分をさらけ出す仕事をしている以上、普通の作家よりも人間性は周囲に認知されていて。「じゃあそれを武器にしよう」と、抗うことなくむしろ逆手にとって、現実と非現実の隙間を見せてこようとしている感が何とも新鮮でした。

「この本を手に取った人が、ゆくゆくは手越や増田や小山のファンになってくれたらいい」というように彼は自らの作家という新たな肩書以前にベースのアイドルという肩書を捨てたり隠したり恥じたりすることなく、むしろ誇って作家をしているように見えて。やっぱりそのアイドルとしての加藤シゲアキ、NEWSに先に出会っていた私にとってはそれはとても心地いいスタンスでした。

 

本を読み進めるうち、気づけば私の知っているアイドル・加藤シゲアキが見えなくなっていました。誰かが書いた亜希子ではない、誰かが書いた巧ではない、ただの人物として亜希子と巧が動き出していたような気がします。

そこが作家としての才能というか努力というか、物書きになる運命だったんじゃないかと思わされる瞬間だったのですが、それを「妄想は得意」(ニュアンス)と笑って言うのもまた彼らしいなあと。

 

そうしているうちにまたふと、アイドルとしての加藤シゲアキを彷彿とさせるような、重ねざるをえないような描写が飛び込んでくるのです。決して物語の世界観からはじき出されるわけではなく、むしろ強く強く引き込まれていく瞬間なのですが、ふとこの一年を思い出さざるを得ないのです。

 

 

どうせ一度終わったような芸能人生。もしまだ自分の立てるステージが残っているのなら、今度は何も気にせずに自信を持って表現したい。中学生の頃に憧れたあの星の海を、また見てみたい。そして自分を愛してくれる人のためだけにパフォーマンスをしたい。メンバーとは離ればなれになってしまったけれど、一人で闘う決意も固まった。今なら自分に欠けていたものが分かる気がする。自分がどう見られたいとか、どうありたいとか、そんなことどうだっていいんだ。自分はあのステージに立ちたい。精一杯のパフォーマンスがしたい。私を待つ人たちのために。それだけで、十分なんだ。

 

 

「正直もうだめだと思いました。」「気づけば自分最後のライブはもう終わってんじゃないかなあと思って。それは苦しかった」「終わったはずだったライブがまた・・・」と星の海に囲まれながら告白する姿。「一人で闘う」という一点を除いて、驚くほど重なる物語がここに刻まれていました。

あの夏のコンサートが、これを書いた後のものだなんて信じられないくらい。

ただ作家だけをやっていても描けない世界。彼にしか書けない。

 

 

また、一つの作品として見ても、この人はすごいなあと思わされました。ずっと応援してきた人だとかどうだとか、そんな贔屓目抜きにしても、細やかに伏線が配置され、丁寧に言葉が並べられ。著者がアイドルだって知らなくても、著者が感じてきたこの何年もの苦い思いを知らなくとも、作品として生きている。

これは特に再読して気づいたのですが、本当にたくさん散りばめられていた。読み返せば読み返すほど、手繰り寄せれば蛍のシーンへ辿り着く紐が何本も張ってあって。宝探しかと思うくらいで。「やるなあ」と思わず感服しちゃったりして。

(なので時間に余裕がある方には再読していただきたいです、心を込めて仕事してますよ!)

 

 

決して「嵐」のように国民的なアイドルじゃまだありません、誰もがメンバー全員の名前を挙げられるわけじゃあありません、ましてやフロントマンがいなくなり「もう終わった」「誰が残ってるの」と言われるようなこともありました、アイドルに興味がない人にしてみれば誰かがいなくなったとかそんなことも知られていないかもしれません。そして、四人になった今でも「NEWSといえば」と一般の方に問うて一番に名前の挙がるような存在じゃないかもしれない。

 

でも、だからこそ、彼が書いたことに意味があるのだ、と思います。彼が書いたから面白い*2のだと思います。

 

「アイドルが書いた」から読んでみようと思う人がいる。たまたま手に取った本が「アイドルが書いた」本だったという人もいる。

 

どちらにせよ「いい作品」だと唸らせることができるくらいの作品だと私は思うので、そうやっていろんな角度からいろんな人に読んでもらえる今が一番楽しい。

 

 

ひとつ悔しいことといえば、自分が加藤シゲアキという存在を知らないでこの本に出会うという経験ができなかったことです。きっとそれでも「面白い」って言ったけど。

というわけで、加藤シゲアキという存在に先に出会ってしまっていた私はこの小説を通して、アイドルを見た感想を書いています。

 

 

「仕事がほしい」と事務所に出向き、スタッフに「お前の魅力ってなんだ」と問われたシゲ。自分のできることを探した挙句に書き上げた「ピンクとグレー」。

 

 

 

ジャックは例のごとく馬鹿にした口ぶりで話す。

「お前の魅力って何だ。そこそこの顔、そこそこの実力。あるのは人並みはずれた運だけだろうが。魅力なんてかけらもねぇ」

「私の魅力は」

 

 

 

「覚悟よ」

 

 

 

閃光スクランブル

閃光スクランブル

*1:先日出演していたラジオ「SCHOOL NINE」での言葉の反骨精神っぷりが印象に残っています

*2:interestingの意